翻訳家というキャリアのコンパスを手に入れた
X(旧Twitter)のタイムラインでぽつぽつと目にしていて気になっていた。片道一時間弱の美容院に行くのにうっかり本を持ってくるのを忘れてしまい、本屋に入ったらあったのですぐに購入。憧れの翻訳家、村井理子さんが「私の憧れの人」と帯に書いている。今出会って良かった本。
クォン・ナミさんは日本の現代文芸の翻訳家。村上春樹や恩田陸、天童荒太などの作品をてがけ、韓国の日本文学ブームを築いた人だ。30年の翻訳キャリアで300冊以上を訳しているというから驚きだ。単純計算でも1年に10冊のペースだ。私がこれまで翻訳を教わってきた先生方はだいたい1年で3~4冊訳すのがやっとだとおっしゃっていたので、相当なハイペース、タフネスだと思う。
本書には、娘さんと翻訳のエピソードもあふれている。駆け出しのころに出産されて、キャリアは育児とともにあったそうだ。ナミさんが徹夜で仕事をしていると、娘さんが「明日は自分で起きて学校に行くから寝てて」、「朝ごはんの用意はしないでね」と気遣ってくれたという。子どもの成長をそばで見られるのもそうだが、子どもも親の仕事とは何かを肌で感じ、理解してくれるのもこの職業の醍醐味なのだろう。
出版翻訳家として長く続けるための、仕事への向き合い方や、仕事が途切れた時こそ自己研鑽をすること、編集者との付き合い方などが綴られている。成功のための秘訣などなく、日々の地道な積み重ねがやっぱり大事なんだなと再確認した。
ナミさんははじめ、自己啓発本など幅広いジャンルを手がけておられたようだが、途中で出版社から「すごく美しい翻訳をするから、自己啓発書は合わないかもね」と言われたことがきっかけで、小説専門となったという。それが結果的に、日本小説の翻訳といえばクォン・ナミ、と認識されだし、仕事が増えたそうだ。自分の得意分野を打ち出してブランディングすることがいかに大事かを物語っている。このテーマならこの人に、と依頼してもらえるような翻訳家になるのを、ひとつの目標にしていこう。
今週は、同業のお仲間と久しぶりにランチしてお互いの近況を確認しあった。お互い駆け出しで、不安もありながら、それでも着実に前進しているといっていいと思う。今のベテラン大先生たちも、不安ななかで諦めずに信じて続けてきた結果、今のキャリアがある。『翻訳に生きて死んで』の言葉をときおり読み返しながら、この道を前に進んでいこう。
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