「本関係のお仕事をされているんですか?」ある日、書店で本(宮後優子著『ひとり出版入門 つくって売るということ』2022年、よはく舎)を買ったときに声をかけていただいた。ええ、出版翻訳を、とちょっとした雑談が始まった。「翻訳って海外の文化を伝える、文化事業的な要素もあると思うんですが、それがなかなかお金にならないんですよね」「文化だからってお金にならないと、だめなんですよ」、などと。
その書店は、インドの結構マニアックな本(ジャバラ式の凝った装丁だった)を扱うなど、海外の翻訳本含め、さまざまな文化が知れる選書が特徴的だった。その空間で、お話をさせていただくなかで、それでも翻訳したいものがあるよな、という思いがふつふつと湧いてきた。
私が訳したいと思うのは、中東・アラブ世界の社会や暮らしに関するものだ。とくに、エジプトの女性にまつわる書籍を訳したいと思っている。これは、私が数年間エジプトで女性とともに暮らし、自分の中の「エジプト(あるいは中東、アラブ、イスラーム)の女性」に対するバイアスに気づいたからであり、そうしたバイアスは日本でもまだ多く、それが偏見や差別を助長しているのではないか、彼女たちの現実が正確に伝えられる必要があるのでは、と考えているからだ。
これはともすれば、ニッチな、関心の高くない分野かもしれない。本を出したって売れないかもしれない。でも、売れないから、作らない・売らないのだろうか? ニーズがないから、売らないのだろうか?
誰も知らないから、ニーズになっていないだけだ。誰も知らないことを、実はこういう現実がある、と提示することで、ニーズの芽が生まれるかもしれない。世界がもっとそうした現実に目を向けるかもしれない。自分はもっと、周囲の人、社会、国について、想像力をはたらかせられるかもしれない。「そうなんだ、知らなかった」という体験を一度でもすることで、世の中の見え方が変わってくる。
翻訳本には、そうした力があると信じている。世の中を少しでも変える力になれるよう、翻訳者としての力を磨いていかなければ、と、書店横のカフェでコーヒーを飲みながら考えた。
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